Mar 27, 2026
昔から、よく友人と住む場所の話になることがある。以前は雰囲気の良さ、都心へのアクセス、商業施設の有無あたりが判断基準だった。最近はそこに「道路の太さ」が加わってきた気がする。そう書くと大げさだけど、要するに「この道、大きいトラックは通れるかな」くらいの話。
たとえば東京の西側の中で、自分はずっと小田急沿線が好きだった。なんとなく沿線の雰囲気も良いし、複々線化後はラッシュもそこまでひどくない。ただ最近、甲州街道沿いに走る京王線のことを考えるようになった。京王沿線には中央道や片側二車線の国道があるが、小田急沿線の道路網は、鉄道の優秀さに比べるとかなり心もとない。鉄道が止まるほどの災害時、人や物資がたどり着くのかどうか。そういうことが気になり始めている。別にそれで引っ越すわけでもないけど。

小田急線沿線の道路状況の一例 ©Google Earth

京王線沿線の道路状況の一例 ©Google Earth
ハザードマップの浸水想定区域や土砂災害警戒区域も、このところよく眺めている。関西に住んでいると、標高のわずかな違いが水害リスクに直結するのが肌感覚でわかる気がする。高槻と枚方では、鉄道アクセスは似たようなものだけど、地形と道路の構造が意外と大きく異なる。
地方に移り住んで、車に乗る機会が増えて以来、道路のことをよく考えるようになった。道幅や交差点の作り、舗装の劣化具合。この道は離合できないな、とか、ここは水が溜まりそうだな、とか。東京にいた頃は鉄道の路線図が街の地図みたいなものだったから、こういうことはほとんど考えなかった。
この前も、友人の家探しに付き合ったとき、真っ先に物件から大通りまでの経路を地図で確認する自分に気がついた。さらにストリートビューを時系列で見ていると、大まかに道路のメンテナンスの頻度も分かるので、何となくその道路の「格」や管理者の懐具合のようなものもわかる(もちろん根拠はない)。
考えてみれば、道路の太さも、ハザードマップも、標高も、昔からそこにあった。小田急沿線の道が狭くなったわけではないし、浸水想定区域が最近できたわけでもない。変わったのは自分のほうだろう。生活が変わって、身体に入ってくる情報が変わって、同じ地図を違うように解釈するようになった。
雰囲気やアクセスで街を評価していた頃は、それが地図の全体だと思っていた節がある。そこに道路網や標高や浸水域が重なると、同じ街が別の街に見える気がしてくる。たぶんこの先も、何かの経験をするたびにそのレイヤーは増えていく。きっと今の自分が見ているはずの地図もまた、まだ何かが見えていない状態なのだろう。