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久しぶりに小田急線沿いに用事があったので、各駅停車を降りて駅の周りを少し歩いてみた。複々線化で駅前は整理されて建物も新しい。なのに、空気がどこか平成っぽい感じがした。

あまりうまく言えないが、令和の街のはずなのに、令和の感じがしない。スーパーの品揃えも、クリーニング屋の看板も、個別指導塾の外観も、どれも更新されているのに、それらが並んでいる風景には既視感がある。自分が子どもだった頃に見ていた風景と、同じ骨格を街に感じる。

郊外と一口で言っても、地方都市のそれでは更新自体があまり起きていない。平成初期で止まっていればまだ良い方で、昭和の輪郭がそのまま残っている場所もある。自分が住む関西でも、北摂や阪神間の一部を除けば、郊外の風景は意外と手つかずだ。古いまま古びている街と、新しくなったのに平成の空気が残っている街は、全く別のものだと思う。

後者には、ある種の余裕がある。インフラが更新され、生活水準が維持され、急激に何かが変わる必要がない場所に特有の、穏やかな現状肯定。世田谷の小田急沿線や京王沿線を歩いていると、その感触がまだ確かにある。

令和に入ってからの右旋回を、日本全体の変化として語ることは簡単だけど、世田谷を歩いていると、それが均一には広がっていないことに気づく。新鮮な平成の空気がまだ残る場所では、不思議とその波が弱い。逆に、その空気が最初からなかった場所、あるいは失われた場所では、変化の波がそのまま届いている気がする。単に余裕の有無かもしれない。ただ、余裕があるということは、何かに怒ったり、誰かを排除したりしなくて済むということでもある。

軍事評論家の小泉悠が以前、自身の愛国心について「『平成のニッポン』的生活様式を守りたいのだと思う」と言っていて、その言葉が頭に残っている。平成の街に漂っていたあの空気──世界がまだ一方向に進んでいるように見えた頃の、あの楽観の残り香──を守りたいという感覚は、自分にもある。

最近、土岐麻子の「BOYフロム世田谷」をよく聴いている。平成の郊外で青春を過ごすとはどういうことだったのか、その手触りとして。

Mar 31, 2026

最近、AIと適当なアイデアを壁打ちして、どこにも出ない(出せない)企画書を出力する遊びにはまっている。思いつきを口にして、対話の中で膨らませて、数十分後にはそれらしい体裁のスライドが出来上がっている。この一連の流れがもたらす全能感が病みつきになる。全てのアイデアが面白い気がするし、全て実現できそうな気がする。

全能感の正体は、おそらく企画書という形式の力なのだろう。数十分前に思いついたアイデアでも、スライドに落ちた瞬間に別のものになる。背景、課題、提案、期待効果…その順番に並んでいるだけで、中身の確からしさとは無関係に「いけそう」に見えてしまう。形式が内容に説得力を貸している。

今までもそうだったのかもしれない。企画書の説得力の何割かは、形式の側にあったと思う。ただ以前は企画書を作ること自体にそれなりの時間がかかっていたから、形式と内容がある程度一緒に育っていた。手を動かしているうちに考えが整理されて、書きながら筋が通っていく。あるいは、書いているうちに無理があることに気づいて手が止まる。

だが、少なくともこの遊びでは、思いつきと形式が瞬間的に立ち上がる。考えが十分育つ前に、見た目だけ立派な企画書のようなものが目の前にある。「無駄打ちしている」「厚みがない」と言う批判もできよう。

もっとも、これ自体は重要なことではない。大事なのは、企画書を作っては壊し、放置し、忘れたようにゼロから作り直し、気まぐれに既存のアイデアとつなげ合わせる、それを短時間・同時並行で進めまくる…という狂気だ。その先で自分が何を作っているのか、そして編集者の形を保っているのかに、今は興味がある。

Mar 27, 2026

昔から、よく友人と住む場所の話になることがある。以前は雰囲気の良さ、都心へのアクセス、商業施設の有無あたりが判断基準だった。最近はそこに「道路の太さ」が加わってきた気がする。そう書くと大げさだけど、要するに「この道、大きいトラックは通れるかな」くらいの話。

たとえば東京の西側の中で、自分はずっと小田急沿線が好きだった。なんとなく沿線の雰囲気も良いし、複々線化後はラッシュもそこまでひどくない。ただ最近、甲州街道沿いに走る京王線のことを考えるようになった。京王沿線には中央道や片側二車線の国道があるが、小田急沿線の道路網は、鉄道の優秀さに比べるとかなり心もとない。鉄道が止まるほどの災害時、人や物資がたどり着くのかどうか。そういうことが気になり始めている。別にそれで引っ越すわけでもないけど。

小田急線沿線の道路状況の一例 ©Google Earth

小田急線沿線の道路状況の一例 ©Google Earth

京王線沿線の道路状況の一例 ©Google Earth

京王線沿線の道路状況の一例 ©Google Earth

ハザードマップの浸水想定区域や土砂災害警戒区域も、このところよく眺めている。関西に住んでいると、標高のわずかな違いが水害リスクに直結するのが肌感覚でわかる気がする。高槻と枚方では、鉄道アクセスは似たようなものだけど、地形と道路の構造が意外と大きく異なる。

地方に移り住んで、車に乗る機会が増えて以来、道路のことをよく考えるようになった。道幅や交差点の作り、舗装の劣化具合。この道は離合できないな、とか、ここは水が溜まりそうだな、とか。東京にいた頃は鉄道の路線図が街の地図みたいなものだったから、こういうことはほとんど考えなかった。

この前も、友人の家探しに付き合ったとき、真っ先に物件から大通りまでの経路を地図で確認する自分に気がついた。さらにストリートビューを時系列で見ていると、大まかに道路のメンテナンスの頻度も分かるので、何となくその道路の「格」や管理者の懐具合のようなものもわかる(もちろん根拠はない)。

考えてみれば、道路の太さも、ハザードマップも、標高も、昔からそこにあった。小田急沿線の道が狭くなったわけではないし、浸水想定区域が最近できたわけでもない。変わったのは自分のほうだろう。生活が変わって、身体に入ってくる情報が変わって、同じ地図を違うように解釈するようになった。

雰囲気やアクセスで街を評価していた頃は、それが地図の全体だと思っていた節がある。そこに道路網や標高や浸水域が重なると、同じ街が別の街に見える気がしてくる。たぶんこの先も、何かの経験をするたびにそのレイヤーは増えていく。きっと今の自分が見ているはずの地図もまた、まだ何かが見えていない状態なのだろう。

Mar 22, 2026

仕事で、編集とAIについて意見を交わす機会が出てきて、もう2-3年になる。状況が日単位で変わるので、その場その場の所感を言うだけにしてきたけど、さすがに一度自分のスタンスをまとめておいたほうがいい気がしてきた。

生成AIがある程度頭が良くなった今でも、正直ポン出しには耐えられない。修正ゼロを目指すつもりもないんだけど、未だに直している時間のほうが多い。

ただ、直し方はかなり変わってきた気がしている。端的に言えば、以前やっていたのは「丸める」作業だった。素材を滑らかに繋いで、文脈を整えて、引っかからないようにする。自分にとって編集とはそういうものだと思っていた。

最近はAIがしっかり整えてくれるので、なんというか、あえて凸凹にすることのほうが多い。AIが出した滑らかなベースに、意図的に引っかかりを加えるような作業をすることもある。自動車メーカーが他社と共同開発したプラットフォームに自社の走り味を乗せるようなものかもしれない。ベースの完成度は高いけど、そのままだとどこの車でもない。必要に応じて色を乗せていく工程。

ちょっと前から、もう少し手前のことを考えるようになった。AIとの対話を通じてアイデアを育てるプロセスのことで、一人で考えていても出てこなかった問いや言葉が、やりとりの中で生まれることがある。自分の考えがアップデートされる感覚と言えばいいのか。プロンプトの工夫やワークフローの最適化とは多分別の場所で起きていることだと思う。

対話でアイデアを育てて、ざらつかせて、リリースする。そのプロセスは少しずつ形になってきている。自分にとって編集とは、仕事とは、ずっと整理することだと思っていたところがある。最近は、どうやらそれだけではないという気がしているし、ようやくそこが楽しいなとも思えるようになってきた。ただ、こうやって上手く整理できたと思った瞬間に、それももはや古い気もしてしまうのだ。

データセンターが物理的な攻撃対象になる時代がいよいよ始まったらしい。そうなると、マルチAZとマルチリージョンの違いを改めて考えさせられる。

日本国内のハイパースケーラーのリージョンは、基本的に東京と大阪にしかない。距離にして400km程度。大規模災害には一定の冗長性があるとしても、有事の抗堪性となると話が変わってくる。

仮に国内3リージョン目を置くとしたら、北海道西部か九州中部あたりなのだろうか。ただ、そうした安全保障インフラとしてのリージョン配置は供給側の話であって、いち利用者が待っていてもしょうがない。

結局、一(民間)利用者の現実的な最適解は、東京とアメリカのマルチリージョン体制なのかもしれない。現状有事に最も強い国にデータを置いておくという、身も蓋もないけどシンプルな結論。

Mar 20, 2026

1-2ヶ月ほど前、友人と仕事について数時間話し込む機会があった。いろんな論点があったのだけど、結論のひとつとして、生成AIまわりの試行錯誤を業務時間にカウントしないことにした。

当時の自分は働きすぎていたと思う。既存の仕事でキャパが埋まっていて、新しいクライアントに出会いにいく余裕も、いま関わっている人たちとの仕事をもっと深める余裕もなかった。そのことを改めて整理する必要があった。

誤解のないように言うと、生成AIを使うこと自体をやめたわけではない。すでに組み上がったワークフローに沿って制作する時間や、単発でAIと作業をする時間は、ふつうに仕事だ。ここで言う「試行錯誤」は、新しいワークフローを組んでみたり、新しいツールを導入して検証したりする時間のことで、要するに「これが仕事に使えるかどうかを探索する時間」を指している。それは仕事ではなく趣味だろう、というのが今の判断。

少なくとも自分の立ち位置では、会いたい人に会いにいく、行きたい場所に行く時間を削ってまでやるものではない。ただ、AIと一緒にいる時間は楽しいし大事だとも思っていて、趣味として切り分けることにした。効果は出揃ってないけど、以前よりも適切な距離感で向き合えるようになった気がしている。

Mar 19, 2026

Hugo + Amazon S3 + CloudFront + GitHub Actionsでブログを作成してみた。AWSをまともに触ったのも数年ぶりだったけど、Claudeのおかげで半日でデプロイまで持っていけた。最高。

プライベートなテキストを公開するのは、新卒時ぶりくらいで何となく新鮮な気持ち。最近は書けば書くほど良いというモードになってきたので、サクッと色々出せたら良いなと思う。

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